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(2005/04/20 江ノ島・鎌倉旅行 )

雨に霞む江ノ島。 中学の修学旅行以来の江ノ島見物を楽しみにして行きましたが、あいにくの雨でゆっくり見物することがてきず残念でした。しかし江ノ島は昔のイメージのままでした。
御鎮座1451年。海の神、水の神、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として仰がれる。

江島神社は、当時は、海運、漁業、交通の守護神として祀られ、 御窟(おんいわや)を本宮といい、奥津宮を本宮御旅所、中津宮を上の宮、辺津宮を下の宮と呼んでいました。 その後、文武天皇4年(700年)に、役小角という修験者がこの御窟に参籠して神感を受け、 泰澄、道智、弘法、安然、日蓮などの名僧が、次々に行を練り、高い御神徳を仰いだと伝えられています。

明治35年の開業。 コンパクトでレトロ風の車体で街中を縫うように走る、京都の嵐電のようで一層愛着を感じました。。
長谷観音。 藤原房前が徳道上人を鎌倉に招いて736年に創建した。本尊の十一面観世音菩薩は日本有数の木像彫刻像で、「長谷観音」として親しまれている。境内の見晴台からは由比ヶ浜が見え、素晴らしい景色が楽しめる。また、幻想的な雰囲気の弁天窟や高浜虚子の句碑など見所も多い。
鎌倉大仏。 緑を背に、高さ11.35m、重さ124tのお姿は鎌倉のシンボルとして名高く、参拝者が絶えません。正式には、金銅阿弥陀如来像という名で、大異山高徳院清浄泉寺(浄土宗)のご本尊です。高徳院の歴史は、はっきりしませんが、光明寺(材木座)の奥の院だといわれています。
大仏が、いつ、何の目的で造られることになったのか定かではありませんが、修行僧の沙門浄光が全国から寄付金を募り、現在より小さい、木造仏が造られたのが始めです。現在の金銅仏は、建長4年(1252)に製造が、開始されました。(正確な完成年は不明)当初は大仏殿に収まっていましたが、応安2年(1369)、明応4年(1495)の水害で殿舎が流され、現在の露坐のお姿になりました。
大仏の大わらじ。
江ノ電、江ノ島駅前商店街。雨中とはいえ多くの人で賑わっていました。
鶴岡八幡宮。 鶴岡八幡宮は康平6年(1063)源頼義公が奥州を平定して鎌倉に帰り源氏の氏神として由比ケ浜辺にお祀りしたのが始めです。
大銀杏 三代将軍実朝公を殺めるために公暁が隠れていたところ(隠れ銀杏ともいう)といわれ、800年の長い歴史を見つめてきた御神木です。
源頼朝公は鎌倉に入るや直ちに神意を伺って現在の地に八幡宮を移し祀り、建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整えました。鎌倉は、このころすでに事実上、京都と並んで政治文化の中心となっており、頼朝公は関東の総鎮守として崇敬の誠を寄せました。以後、国家鎮護の神として多くの人々の崇敬を集め、全国津々浦々にお祀りされ、広く国民から尊崇されるようになりました。
御本殿は文政11年(1828)、江戸幕府十一代将軍徳川家斉公の造営で代表的な江戸建築です。また、二代将軍徳川秀忠公が修造した若宮とあわせ国の重要文化財に指定されております。境内には源平池を始め、静御前で知られる舞殿、鎌倉幕府三代将軍源実朝公が斬殺された大石段脇には、大銀杏が樹齢千年の貫禄とともに八百年の長い歴史を伝えております。表参道である段葛、若宮大路から眺める社殿は漆の朱と山の緑と空の青が見事に調和して、その美しさには驚嘆するばかりです。